学校長あいさつ

  ごあいさつ                                                          
                                                                          福島県立葵高等学校長 和田直也 
  
 この度、葵高等学校長として着任いたしました和田直也でございます。会津の地に根ざし、地域に守られ育まれてきた輝かしい歴史と伝統を携えている葵高校での職務に就くに当たり、私自身、あらためて身が引き締まる思いであります。これまでの歴史を通して、様々な方々に支えられ培われてきた本校ならではの校風と気概を大切にしながら、次代を担う人を育む学びの充実を目指して参りたいと存じます。

葵高校は、明治425月に会津高等女学校(後の会津女子高等学校)として創立され、以来各界で活躍する人材を多数輩出し、会津の中心校としてその役割を果たして参りました。平成14年度の男女共学化により、現在の校名に変更されましたが、「葵のように」まっすぐに大空に向かう凜とした生徒の姿は、創立以来脈々と受け継がれています。今、社会の激しい変化の中で、学校教育の在り方にも変化が求められています。本校の校章や校歌に込められた「葵のように、今をまっすぐに生きる。」という思いは、混迷の時代と言われる今だからこそ、様々な困難を乗り越えていくしなやかな力を身につけていくことの大切さを教示してくれていると感じます。

本校の学校経営・運営ビジョンに掲げるスローガンは「私の選択には、意志がある。」であります。人が生きる上で必ず向き合うことになる多様な課題に対して、自らの意志を持って、主体的に考え、判断し、行動する、そんな気概を持って生きる人の姿勢を本校が目指す教育の象徴としているのだと捉えます。様々な活動に真摯に取り組む、無限の可能性を秘めた生徒たちと共に、教職員一同、豊かな人間性と社会性を備えた人を輩出することを目指し、本校教育の新たな歴史を紡いで参りたいと存じます。
 今後とも本校の教育活動に対しまして、変わらぬ御理解と御支援を賜りますようお願い申し上げ、あいさつといたします。(令和7年41)
 

校長ブログ

【こうちょうブログ007】 「美意識」という力

2025年10月1日 18時12分

つい先日まで酷暑の日々が続いておりましたが、ここにきて、ようやく過ごしやすい季節となりました。ひんやりと新鮮で、どことなく感傷的な朝夕の空気を味わいながら、「やっぱり、一番好きな季節は秋だなあ」と、それだけで、しみじみと生きていることの充実感のようなものを感じたりしています。

10月といえば、神無月。ちょっとだけ調べると、平安時代の書物には既に、「神無月には諸国の神様が出雲の国に集まる」ため、諸国には神様が居なくなるから「神無月」という記載があるそうです。しかし元々は、10月は、稲作文化の日本において、収穫祭を行う一年の中でも最も重視された特別な月であり、「神の月」とされていたということのようです。

春、どこからかやってきた神様は、豊かな実りを恵んだ後、秋、またどこかへと去って行く、神様の旅立ちの月。それが、日本人が永く描いてきた自然と神様のビジョンなのですね。(なんと素朴で神々しくて美しいビジョンなのでしょう!)

美しいといえば…。

去る9月20日(土)に、会津まつりの会津藩公行列が行われました。会津まつりは、1928年に会津藩主 松平容保公の孫娘 松平勢津子と秩父宮雍仁親王の成婚を祝して行われた行事がルーツとのこと。藩公行列は、会津藩の歴代領主の隊が現代に蘇ったかのごとく、それぞれの時代の会津若松市ゆかりの地から参加される方々などが、武者や姫の衣装を纏い行進する、まさに時代絵巻なのです。

今年度は、若松一中と本校が当番校であり、本校からは総勢36名の生徒たちが参加、出陣式での舞踊部による演舞や領主松平公時代の「旗持ち」「娘子隊」「中野竹子」「おけい」「輿役」の役を務めました。この参加に際して、自分たちが扮する人々が生きた時代の歴史と、幕末の会津を生き抜いた方々が命がけで守った「こころ」について学ぶために、福島県立高校の日本史の教師を長く務めてこられた髙田良一先生にご講演をいただきました。実は、私自身、会津藩公行列を目の当たりにしたのは今回が初めてでした。その衣装もさることながら、当時の方々の生き様は、本当に痛ましい悲劇でもありますが、強い美意識を感じます。美意識とは、真実で誠実であること、道徳的で正しさを求める態度、そして、美しく調和し魅力的に生きる姿勢のこと、でしょうか…。

幕末当時、日本の社会は激しく変化するうねりの中で、まさに不安定で、不確実で、複雑で、曖昧な、予測困難な「VUCA」の時代であったのだと思います。突発的で想定外の状況の変化に対して「どう対処すべきか…。」おそらく、情報を元に論理的に考えて正解を出そうとしても判断がつかないような時代であったのだと思います。自分たちの人生がかかっている命がけの決断の最後のよりどころは美意識だったのではないか。そんなことを思い浮かべながら、まつりのひとときを過ごしておりました。

私たちが生きている今の時代も、「VUCA」の時代と言われています。幕末の方々の人生が作品のようなものとして語り継がれるように、私たちの人生の営みも「作品を創っている」と捉えることができるのかもしれません。

校長室の壁には、かの新島八重氏直筆の書「美徳以為飾」(美徳を以て飾と為す)すなわち、「外見ではなく、人として内面を磨き、その内面の美しさを飾りとして生きる」という決意の書が掲げてあります。贅沢なことに、この素晴らしいメッセージの書を毎日見つめながら、これからの時代を生きる者として、「美意識」という人間ならではの力を大切に育てていく必要があると心から思うのです。

IMG_0190-2

校長ブログ(おがっちBlog)

【おがっちBlog 100】最終号 素晴らしきかな葵高等学校

2025年3月27日 13時00分

 いよいよ、この100号をもって、

私のblogも最終号となる。

 葵高校での2年間、本当に楽しかった。

素直で真面目で、直向きに頑張ることの出来る

素晴らしい生徒、個性的集団である教職員、

学校への全面協力を惜しまない保護者の方々、

伝統の中にも新たな風を常に意識し、サポート

してくださった同窓会の皆さん、そして、

本校生徒を見守ってくださった地域の等々に

囲まれ、葵高等学校第36代校長として、

最後まで走り抜くことが出来た。

 会津の地で勤務することは初めてで、この土地

ならではの風習、考え方、コミュニケーション

等々不安だらけのスタートであったが、今、私に

関わっていただいた、全ての方々に感謝しか

ありません。そして、「縁尋機妙 多逢聖因」

まさに、この言葉を思い出さずにはいられない。

 縁尋機妙とは、良い縁がさらに良い縁を尋ねて

発展して行く様のこと。

 多逢聖因とは、いい人に交わっていると良い

結果に恵まれる。と言う意味であり、人間は

出来るだけいい機会、いい場所、いい人、

いい書物に会うことを意識しなければならない。

 このことを身をもって感じることが出来た

2年間となった。教員人生の最期の地となった

葵高校と出会うことが出来て本当によかったと

感じる。勿論、2年間の中では、いろんなことが

あった。そのひとつひとつに対応するに当たり、

常に意識したことは「コミュニケーション」で

ある。冷静に話すことで、どのように判断すれば

いいかが見えてくる。生徒、保護者、教職員が

何を伝えたいのか、何を考えているのか、

どうしてほしいのかを話せる環境作りに

尽力した。

 私の考えるリーダーシップとは、こちらから

話したり、言い聞かせたり、指導したりする

ことではなく、相手が話せる雰囲気を醸しだし、

聞いた内容から、相手を尊重し、気持ちを理解

した上で判断し、行動できることである。

 松下幸之助氏は、「人間。9割は自分でどう

にもならない運命の下に生きている。その運命

を呪ってはいけない。喜んで受け入れる。

すると、運命がよくなる」と言ったという。

 今居る場を意に沿わないと呪っていると、

ますます悪循環に陥る。与えられた環境に

不平不満を言わず、その中で精一杯努力を

重ねていくと、運命は必ず良くなっていく、

と言うことだろう。

 葵高校の校長として、本校生徒の計り知れ

ない可能性を引き出し、組織としての改善点

を修復することに集中し、実行してきた。

その中で、教職員と共に、生きている学校

の中で起こる様々な案件に向き合い、悩み、

苦しみ、笑い合った2年間を過ごすことができた

ことは、私の誇りであり、自己肯定に繋がる時間

として、記憶に残ると確信する。

 学校を取り巻く環境は、今まで以上のスピード

で変化し続ける。葵高校がその変化に柔軟に対応

し、教育の「不易流行」を忘れず「自立・自学」

を身につける生徒の育成が出来る学び舎になる

ことを、私は、葵高校に深く関わった者として、

見続けていきたい。

 そんな希望と楽しみを与えてくれた場所。

「素晴らしきかな葵高等学校」に心から敬意と

感謝を伝えたい。

 さようなら。葵高校。

 追伸

 ~blogを読んでいただいた方々へ~

 拙い文章ではありましたが、本校生徒の

日常と頑張っている姿が伝わり、さらには

教育について考えるきっかけになっていれば

幸いです。今後とも、葵高等学校をよろしく

お願いいたします。

 ありがとうございました。